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 クラスメイトの女子に告白をされた。

 何日か続いていた雨が珍しく晴れた、ある日の昼休みのことだった。梅雨に入ったばかりの季節だというのに夏の盛りを思わせるように暑く、ワイシャツが汗で肌に貼りついてくる感覚が少し気持ち悪かった。

 空の青さが、馬鹿みたいに鮮やかな日だったことを、どうしてかよく覚えている。

 校舎裏に植えられている、大きな木の下。日陰になっているので少しだけ涼しいその場所で、俺は告白をされた。

 前から気になっていたの。よかったら、私と付き合ってください。

 告白の言葉は、そんな月並みなものだった。そのうえシチュエーションも校舎裏なのだから、なおのこと月並みに感じてしまう。

 俺は目の前にいる彼女を見つめる。

 茶色混じりの黒髪。髪型はほんの少しだけ巻いたミディアムヘア。校則で許可されている範囲内で着崩している制服。平均的な身長と、標準的な体型……さながら映画やドラマのエキストラかのように、どんな背景にもなじみそうなくらいに、彼女は極めて普通の女子高生だった。

 そんな普通な彼女だからこそ、俺は返事に迷う。彼女にいったいなんと言葉を返すのが最善なのか——頷くべきか否か、様々な要素を頭の中でカードのように並べて思考した。

 どちらの選択が、自分にとって有益なのか損失なのか。

 それが問題だ。

 一分ほど考えたあと。

 

「ありがとう」

 

 と、俺は穏やかに笑ってみせた。

 そして直後に、最終的に選んだ答えを唇に乗せる。

 

「でもごめん。俺、今は将来のことに集中したいんだ」

 

 俺は眉を下げて、視線を逸らし、少し困ったような表情を作る。そうすれば、彼女は少し悲しげに笑うのだった。

 

「本当にごめん……気持ちはうれしいんだ、本当に」

「ううん、いいの。むしろ私のほうこそごめんね。みんな、進路で大変な時期だもんね」

 

 私の気持ち、聞いてくれてありがとう。

 笑顔を浮かべたまま、けれど少し寂しげな声で最後にそう言って、彼女は踵を返して校舎に戻っていく。木陰を出て、角を折れて、やがてその後ろ姿は見えなくなった。

 その背中を見送って、俺はひとつため息をついた。正直に言うと、少しほっとしている。逆上したり泣かれたりしたら面倒だと思っていたからだ。……それでもこちらの選択のほうがまだいいと判断したからこそ、俺は首を横に振ったのだけれど。

 断ったことをクラスメイトに言いふらされるという可能性も、なくはないだろうと思ってはいたのだが、彼女の様子を見るに、それは低いと判断していいだろう。そういう面倒事の確率を低くするために当たり障りのない言葉を選んだとはいえ、やはり何事にも不確定要素というものはある。しかし、どうやら杞憂に終わってくれたようだ。

 しばらくはお互いに少し気まずい思いをするだろうが、逆に言えば、差し支えがあるのはその程度ということだ。

 明日からも平穏な日常を過ごすことができるのなら、多少のことは構わない。

 俺はただ、あと一年もない高校生活を平和に生きていけたら、それだけでいいのだ。

 さて、と小さく呟いて、左手首に巻いている腕時計に視線を向けた。そろそろ購買も空き始めたころだろう。とっとと昼飯を買って、教室でオトモダチと中身のないお喋りでも楽しむことにしよう。そんなことを考えつつ、俺は一歩足を踏み出す。

 そのとき。

 ガサガサッ——と、空から大きな物音が響いた。

 反射的に、俺は上を見上げる。まず視界に広がったのは、やはり鮮やかな青い空だった。続いて、その空に腕を伸ばす枝葉の緑。

 そして——

 そして、最後に金色だった。

 輝くような金色の髪が、青い夏空に映えてきらきらと輝いている。

 そんな金髪をもっている少女が、空から落ちてきていた。

 少女と目が合う。金色に縁取られた瞳が、こちらの姿を鏡のように映しているのが見えて、目を逸らすことができなかった。

 その瞬間、俺は本能的に、その金髪の少女に対してこんな感想を抱いたのだった。

 まるで、天使みたいだ——と。

 

「————    」

 

 その華奢な身体が俺と衝突する間際、彼女が何かを呟いているような気がした。けれどその言葉は青空に吸い込まれてしまったのか、こちらの耳に届くことはなく——

 梅雨の晴れ間、そんな初夏の日。

 金色の少女——天野唯と出会ったその日から。

 平穏だったはずの俺の日常は、あっけなく崩れていくことになる。

メリット

デメリット

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